ikka-maaについて
岡山県生まれ。
初めて描いた絵は実家の障子の硝子に描いた棒人間。幼い頃からお絵かき大好きなこどもでした。姉の影響で小学生高学年の頃に雑誌「LaLa」を読んでマンガ家に憧れましたが、高校・大学ては演劇ばかりやってました。その後卒業して、マンガの投稿をしましたが努力賞でストップ。結婚しこどもも生まれ、忙しい日々を送る中、ふとまた無性に絵が描きたくなり、イラストを描き始めました。
数年前にInstagramを見ていて出会った文人画に惹かれ、更に水墨画と出会って、墨と水で描かれた作品の美しさに魅了されました。その後、長谷川等伯の「松林図屏風」に出会い、その幽玄さに憧れて自身でも描きたいと願うようになり今に至っております。
受賞歴はまだなし。
けれど、昨年、掛軸や表装の職人で構成された表粋会さんの「掛軸の未来展2024」に選出され、表装家の阿部崇さんに掛軸に仕立てて頂いたのが唯一の自慢です。
全てにおいていまだ道の途中。
自身の中の変わらぬ世界観を表現する為、少しずつ、努力を重ねていきたいと思っています。
2025年4月29日
ikka-maaの作り方
こちらではikka-maaの世界観が、どーゆー要素で構成されているかという解説です。作品のご依頼の際にご参考になさって下さい。
〈夏目漱石が好き〉
学生時代に漱石作品は一通り読みましたが、やはり難解でした。私はむしろ、その文章を通じてイメージされる場面の美しさに惹かれたと思います。
特に印象に残っているのは「彼岸過迄」の“あなたは不親切だ”という場面、「こころ」の“血を浴びせかける”という表現、「道草」の“淋しい(さむしい)”という表現、「三四郎」の“ストレイシープ”と呟く場面など…漱石の作品世界はどこかカラリと乾いていて、なのに人のイメージを刺激する言葉に溢れています。年を取って改めて読み返している所で、若い頃とはまた違う感想が出てくるのが面白いですね。漱石作品のように、単純な喜怒哀楽の狭間に見え隠れする、曖昧な感情や情景を「空気感」とでも呼ぶならば、その「空気」を描けるようになりたい、と思う日々です。
〈横溝正史が好き〉
金田一耕助シリーズが大好きで、文庫ですが殆どの作品を持っています。特に好きなのが「夜歩く」。どんでん返しが秀逸ですね。「三つ首塔」「八つ墓村」も大好きです。他のミステリーはあまり知りません。漱石とは全くタイプが違うのですが、シンプルに面白い!古谷一行さんの金田一耕助が好きでした。ついつい眠くても最後まで読んでしまう、その吸引力に憧れています。
横溝作品は、何と言っても金田一耕助のキャラクターが、どこか諦めたような、疲れ切った所が魅力的ですね。映画やドラマでも、事件を止められず、他人にも自分にも嫌気がさして疲れ切っている、そんなアンニュイな後ろ姿を描いてほしいと心待ちにしています。
自分でもたまにボサボサ頭の若い金田一耕助を描きますが、なかなかあの哀愁は出せないですね。
〈ナルニア物語が好き〉
ナルニア物語といっても、シリーズの中の1作「魔女とライオンと子どもたち」が大好きで、小学生の頃十数回借りて読みました。最終的に借りるのが面倒になってノートに書き写したのを憶えています。よくある単行本サイズでなく、あかね書房の古いすり切れたハードカバーの本でした。
タンスの向こうに雪と氷で閉ざされた世界が広がっているという、こどもにとってはワクワクしかない設定でしたが、なかでも一番好きだったのはライオンのアスランでした。アスランは長いこと私の理想の存在でした。映画化されて、映画館に見に行きましたが、動くアスランが見れて感動でしたね。
その後「ロード・オブ・ザ・リング」にもハマりましたが、作者同士が友達だったと聞いて驚いたのを覚えています。
〈本は沢山読んではいないけど…〉
こどもの頃は、弟といつも図書館通いをしていて、小学校高学年や中学生のはじめには、SFをよく読みました。「超能力部隊」「失われた世界」「美亜に送る真珠」「7つの人形の恋物語」辺りを何度も同じ本を借りて読みました。高校で漱石や太宰を初めて読み、その後もう少し大人になってから、第三舞台つながりで「電気羊はアンドロイドの夢を見るか?」を読み、友達に勧められて「蜘蛛女のキス」なども読みましたが、あの辺りで「ディスコミュニケーション」という言葉に囚われ始めた気がします。家族や友人とどんなに打ち解けたと思っても、所詮誰も自分の気持ちは分かってくれない、とか。 今で言う中二病ですね。
大人になった今では「何を悩んでいたのやら」という気持ちですが、あの頃の自分の頭の中は、自分と自分以外の人との境目を見極めるのに必死でした。あの頃の自分にとってはその期間が必要不可欠だったんだと、今は思っています。読書はそんな悩める、若者らしい自分を形成してくれた、大切な財産てした。
〈GRAPEVINEが好き〉
ロックバンドのGRAPEVINE(グレイプバイン)が好きです。今も好きですが、特に初期の頃が好きで、作風にも影響を受けました。多分同世代で、メンバーも当時まだ20代なんですが、老成してるとか音楽誌に書かれてましたね。音楽自体に詳しくないのでうまく言えませんが、サウンドが特徴的で、重いというか、鋭いというか、痛みを知ってるというか…いまだに唯一無二な世界観を見せてくれます。歌詞が文学っぽいんですよね。古い、とかじゃなく、それこそ漱石のように、カラリとしていて鮮やか、そんな感じです。
「here」のサビのシャウトや、「Everyman,everywhere」「Our Song」「ぼくらなら」「想うということ」「ナツノヒカリ」「君を待つ間」「スロウ」「CORE」「坂の途中」「なしくずしの愛」「涙と身体」「望みの彼方」「白日」
「光について」「羽根」などなど…最近は「天使ちゃん」がこれぞバインって感じで好きです。当時はボーカルの田中和将さんが理想の人でした。
「スロウ」のМVが好きで、青い世界がずっと続くんですが、その青さと曲の渋さの相乗効果に打ちのめされました。今もすごく影響を受けてます。絵を描いても、"バインの曲に合うかどうか"で作品の良し悪しを判断してる所があるかも…まだまだ届きません。
〈小劇場演劇〉
中学、高校、大学と演劇をやってまして、中学時代は自分で脚本を書いたりしてました。高校時代は先輩の趣味で星新一さんの短編を上演したりしました。大学はのんびりした所に行きましたが、そこで先輩に第三舞台の「朝日のような夕日をつれて」「天使は瞳を閉じて」の脚本を借りて読み、衝撃をうけました。全く分かりやすくない、なのに感情をひどく揺さぶられるセリフの数々に魅了されていました。
当時は第三舞台と夢の遊眠社が2大劇団だったのではないでしょうか。ちょっと知ったのが遅くて、舞台そのものはビデオで見ました。「朝日のような夕日をつれて」の小須田康人さんの「それでも私はいいんです」というセリフ、なんであんなに刺さったんだろう。
あの頃はトレンディドラマとかも流行っていた頃で、ブラウン管の中では美男美女が分かりやすく愛だの恋だの言ってる中、鴻上尚史さんや野田秀樹さんの脚本はちょっとそういうの超越していました。
〈80年代のLaLa読者〉
私が小学校高学年から中学生で読みふけったのが、白泉社の少女誌「LaLa」です。これで高校受験を棒にふったと言えば言い過ぎですが、毎月楽しみにしていました。中でも樹なつみ先生の「朱鷺色トライアングル」の影響は凄まじかったです。「パッションパレード」「OZ」も大好きでしたね。苦悩する青年の姿に共感しつつも、ちょっとおどろおどろしい雰囲気に魅了されました。樹先生にはファンレターを送って、お返事頂いて感動したのを覚えています。同時期に「エイリアン通り」「パタリロ!」も読みふけり、「エロイカより愛をこめて」まで到達(?)しました。懐かしい。
〈星野道夫さんの写真〉
こどもの頃、動物番組を見ていて星野道夫さんを知りました。大人になってから妙に気になって、写真集を探し、出会った写真が、氷原で焚き火を焚く星野さんの写真でした。凍てついた氷原で暖を取るために火を焚く、という行為が、何だか生きる行為そのものに思われてずっと忘れられなかったです。グレートジャーニーの関野吉晴さんにも憧れていた頃があって、なんというか、1人で平原を延々と歩く強さみたいな物を手に入れたいと思ってもいた気がします。
〈等伯とルソー〉
絵画も全く詳しくないですが、影響を受けた画家はやはりいます。プロフィールでも語っている長谷川等伯の「松林図屏風」は、これが描きたかった!と思わされる不朽の名作ですね。「空気って描けるんだ…」と。謎の多い作品ですが、近くで見るとすごく粗いタッチの部分もあって不思議です。体全体で描かないとこうはならないだろうな…と思います。
等伯は自身の絵を「しづかなる絵」と評していて、それは私のモットーでも有ります。
学生時代位からアンリ・ルソーも好きで、なかでも「眠るジプシー女」は、独身時代ずっと壁にポスターを張っていました。妙に緊張感の有る、なのに静けさを感じる作品です。
派手な絵よりも、しん、とした静けさを感じる絵が好きなんだと思います。
〈ikka-maaの作り方〉
もしここまで読んでくださった方がいたら、きっと同世代の人なんだろうなと勝手に想像しています。
このように、私は夏目漱石、横溝作品、ナルニア物語、ディスコミュニケーション、GRAPEVINE、第三舞台、朱鷺色トライアングル、星野道夫さん、そして長谷川等伯とルソーといった、ちょっと暗みがかった、静けさの有る世界観が好きな人間です。
人生に悩み、人との関わりに疲れ切って、扉を開けてどこか静かな場所に身を隠したい、だけど、たとえ心が氷原の彼方に去ってしまっても、火を焚くことを絶やしたくはない。
少し逃避して、静かに身体を休めて、そしてまたおもむろに立ちあがる、そんな心の揺らめきを、小さな青い炎を、水と墨で写し取れたらと思う今日この頃です。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。